近藤訓話

 城北学園の「城北史」より、今から50年ほど前の開校20周年の頃の近藤薫明校長(66歳くらい)の文章を取り上げてみます。この後も先生は20年ほど校長をなさって評価を下げられますが、実質的な創設者とされる方です。1学年1000人とか言われた時代かな? 大昔の文章なので、くどい所だけ削らせてもらいましたが、伝統の府立4中の校風を守りながら、朋友・古賀米吉先生の市川学園の教育に沿う様に苦心されている様子が感じられました。

城北生発展の心構え

 私は本年(昭和37年)9月の始業式に、(1)学校というものは良心と良識の上に建設されているのである。良心には厳格厳粛な一面があること。(2)本校はいわゆる自由主義教育をやる積りはない。どこまでも個性主義で行きたいこと。(3)団体生活にはチームワークが大切である。チームワークとはルールを厳格に守り、規律を正し、その中で1人1人がベストを尽くすところに生まれて行くものであることを述べた。これが今後の本校生の指針であると思うので、少し敷衍(ふえん)して置きたい。

 (1)学校は先輩が後に続く後進、即ち次の世代の人のために、より良い後継者を作って国家社会の発展を期しようとし、両親がより良い子弟を養成して社会の為に貢献させようとし、又学生本人もそれに応じて、身心ともに健全な独立人となって社会活動に参加しようと志して、学校は造られ、これに入学したのである。私はこの気持ちを良心と云うのであって、学生も良心の命ずるところに従って入学したのである。学校が毎日一定の時間割を作って、これに遅刻するものは許さず、勉強を義務づけし、学習態度を厳にし、姿勢を矯正し、校則を厳守してこれに反するものに罰則を定めるのは、学校の統制や圧迫ではなく、汝自身の良心の叫びなのであって、厳しい心である。本校ではこの良心を遂行するために着実勤勉でなくてはならないということを校訓としている。

 (2)人間は誰でも顔や形の違っているように個性が違っている。生徒を大別して見ても、勉強の好きな人、運動の好きな人、音楽の好きな人、手先の器用な人、研究的な人、社交的な人等々数限りなく考えられる。勉強でも学科別に分ければ沢山あるし、音楽でも同じ声の人はなく、それぞれ違った個性を持っている。要するに個性とは各自の天性、即ち持って生まれたもので、誰にでもある独自的のものであるから、これを十分に発揮することほど有意義で幸福なことはない筈である。しかし自分の個性とは何であるかという事を発見することは、自分のものでありながら、難しいことである。好きな道が自分の個性に合っているとは必ずしも云えない。本校では教科の外に文化部や運動部に、出来るだけ色々の施設を拡張していわゆるクラブ活動に備え、学科の勉強と併行して生徒全員がその何れかの道を選んでこれに進み、自分発見の具に供しようと考えている。又一面には進学や職業等の適正検査を行ない、近くは心理的適性テストを実施し、個性発見の参考に供しようと考えている。
 あの人は悪い個性を持った人であると云われる者もある。これは個性が悪いのではなく、これを発揚する人格ができていないのである。例えば手先きの器用な人、頭の良い人でも、それを悪用すれば社会のために有害になるものである。個性は独自的なものではあるが、人そのものについた特性、即ち人格に統一されたものであるから、日々の学問勉強を着実に誠実にもって行ない、人格、教養を高めることが、それぞれの個性を磨いていることになる。そして自ら進んで行なうようにつとめなくては個性は発揚できない。つまり個性は自主的、自発的、能動的でなくては発展しない。人が細いズボンをはいているから自分もそれに従うのは自主的とは云えない。いつも両親や先生に責められて勉強するのでは自発的とは云えない。自主的、能動的に行動する個性は常に独創性を発揮する。独創性とは独善的な一人よがりと違って、他人を感動させ、他人から歓迎されるものである。良く個性の表れた音楽や絵画ほど人を引きつけるものはない。それこそ本当に天真爛漫、明朗であるからであろう。個性主義は自分を磨くと同時に他人を引きつけ、他人を尊重するものであるという点においてこの道を選びたい。

 (3)人の集まった社会には必ず個性が出来る。例えば国家の個性は国民性といい、学校の個性は校風、会社の個性は社風というようなものである。これが出来るのには色々の原因が考えられるが、どにかく違った個性を持っている個人が集まって同じ個性を作るのである。人の集まった社会には色々なポジションがあり、いわゆる適材適所に配置され、自分の個性に合った位置について、同じ目的のためにそれぞれの能力を発揮すればその社会は繁栄し、個人は幸福であって、自ら一種の気風が生まれるのである。チームワークの欠けたスポーツは、たがの切れた桶のようなもので、一つ一つの材料は優秀であっても用をなさない。従ってチームワークは、これを指導する人が大声叱咤して弾圧的に団員の結束を固めることのみに頼って生まれるものではなく、団員がそれぞれのポジションを良く守り、自主的に自発的に能動的にその任務を果たし、激しい斗魂を燃やして競争する意気込みがなくてはならぬ。
 学校もこれと同じことで、本校は在学生全員が大学進学を目標としているので、団員(生徒)は良心的に本校の校則を遵守し、先生方の良いコーチに従って、進んで最大の努力をすれば、期せずして成績はあがり、校風は自ら確立するのである。後につづく者も安心してこれに従うことになる。本校は創業時代を経て発展時代にはいっているのであるから、以上の心構えを反省しながら一歩ずつ前進したい。

 雑誌「城北」10号 昭和37(1962)年12月23日号より

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